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| 晴れた暑い日の午後、電車に乗って臨海地域を抜け、小塚さんの事務所に行ってきました。音楽家であり、同時にパソコンの世界のプロフェッショナルとして本を出版されている小塚雅弘さんは「おはなし絵本クラブ」の絵本づくり、特に音楽制作面において立ち上げ当初から関わってきた、いわば「立役者」的な存在。コンピュータの世界に足を踏み入れる前は、なんと歌舞伎の舞台で横笛を吹いていらしたそうです。 |
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千木良: まず、現在公開中の『ねむってなんかいられない』について聞かせていただけますか。
小塚: これは絵を見た瞬間に音楽のイメージが湧きました。元々、小さな子に一曲くらいいわゆる名曲を覚えてもらいたいと考えていたんです。そこでフランスの作曲家フォーレの『夢のなかに』という曲を使うことにしました。自分は音楽をつけるとき、BGMという考え方をしないんです。絵本を読む子の中には目の不自由な子もいるかもしれないし、単純に絵を引き立たせるものとしてではなく、耳だけでも楽しめるブック、音の中に絵がある本を作れないかと思っていて。特に新人作家さんと仕事する場合には、そのあたりを制作段階からいっしょに考えていきますね。
千木良: その代表的な仕事が『こうていペンギン』という作品ですね。
小塚:作家のカナコさんがスケッチ的にフラッシュを作ったところに、ナレーションを入れてみて音楽をつけて修正を加えて……という作業を何度も繰り返しました。夜中の二時、三時までメールのやりとりをしてましたね。音楽もディレクションという立場で関わったので、制作者側に対して要望を多く入れられました。自分ひとりで作るとどっか妥協しちゃうときありますからね。(笑)
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千木良:ほかに思い出に残っている絵本などはありますか。
小塚:『あの夏の日』は題材が原爆ですから、非常に神経を使いましたね。ある意味、下手に手を加えて作品を壊したくない、と思った。 いっそのこと全部無音でもいいのでは? とすら考えました。無音という音もありますから。あるときバッハを聴いていて、これだ、と思いました。
『スーパーペンギン ペギントン』はピアノだけで作ったのですが、ピアノって人の声と音域が近いし、アタックが強いから難しいみたいなんです。でも即興的に作って当ててみたら、絵に生命が吹き込まれたようだ、と好評をいただきました。『アバディのパン』はアフリカがモチーフなのですが、あまりリアルに民族音楽を使うのも違う気がして悩んでいたところ、小さいとき見たアニメ『狼少年ケン』を思い出してそのリフをヒントに作りました。この作品は非常に絵画的なイラストで、すばらしく迫力があるんです。親戚の子どもは3ページめくらいで『怖い!』と言って読めなかったそうですが。(笑)
理想的な制作だったのは、やっぱり『こうていペンギン』でしょうかね。何もかも手探りだった作品ですが、作家さんとのコラボレーションがしっかりできたという実感がありました。
千木良:小塚さんは、邦楽の横笛の名取として活躍されていたそうですね。
小塚:歌舞伎の舞台での名前は『望月太喜志朗』というんです。元々テナー・サックスとフルートをやっていて、笛は日本のフルートというつもりで習い始めたのですが、いつのまにか入門することになっていました。その前はソウル・ミュージックをやってたんですけどね。
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千木良:パソコンのプロフェッショナルとして本も書いていらっしゃる小塚さんですが、「おはなし絵本クラブ」を見ることのできるフリップブックというソフトについてはどのようにお考えですか。
小塚:元々はフリップブックで何かできないか、というところからこのプロジェクトは始まったんです。絵本を読み聞かせてもらっていた子どもが次に手に入れるのは、自分でページをめくることのできる本ですよね。そのメタファーとして、クリックひとつで能動的に動かすことのできるフリップブックは弱者のためのオーサリングでもあり、子どもが最初に触るアプリケーションとして最適だと思います。非常に可能性に満ちていると思いますよ。
話は弾み、映画論や若者文化論、果ては私自身の今作っている絵本のことまで小塚さんは興味深げに尋ねてくださり、この好奇心が幅広い知識の源なのだと頷かされました。帰りの電車に乗った頃には、空はすっかり夜の藍色に変わっていました。 |
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| 小塚雅弘 |
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1972年、神奈川県川崎市の高校を卒業後、音楽の世界へ。
キーボードのプロとしてスタート。のちに、より愛する楽器、フルートとサックスへ移行。愛する黒人音楽に疑問を感じ始め、自己のアイデンティティを探る。やがて、日本人として目覚め、「日本人のフルート」としての「横笛」を研究する。邦楽の望月流に正式に入門する。
77年、邦楽の師匠の勧めで、菊五郎劇団邦楽部へ入り、「歌舞伎邦楽囃子笛方」として再スタート。この頃から、趣味で始めたコンピュータが嵩じて研究を続ける。
84年、望月流の名取となり「望月太喜志朗」を名乗る。
85年、誠文堂新光社の依頼で、「マッキントッシュ”C”」を上梓。
90年、コンピュータへの思い止まず、劇団を脱退し、会社設立。
ミュージック制作と、ソフトウェア制作を2本柱として、現在に至る。 |
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千木良悠子 1978年東京生まれ、慶応義塾大学卒。作家として小説「猫殺しマギー」(産業編集センター)を出版しているほか女優や映画監督としても活動。現在「おはなし絵本クラブ」にてウェブ絵本を製作中。 |
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